1.はじめに
世界が経験したことのない少子高齢化社会を迎える日本
2025年の人口動態統計によれば(政策統括官付参事官付人口動態・保健社会統計室, 2026)、2025年の出生数は67万1,236人で、前年の68万6,173人より1万4937人減少し過去最少となった。また、死亡数は158万9,489人で、前年の160万5,378人より1万5889人減少し、出生数と死亡数の差である自然増減数は△91万8,253人となり、政令指定都市が1つ無くなるほどの人口減少となっている。出生数に関しては、国立社会保障・人口問題研究所が2023年に公表した「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によると、出生数が67万人台になるのは2040年になると推計しており、予測よりも約15年早く少子化が進んでいることとなる。
一方で、2025年9月15日現在、65歳以上人口は3,619万人で、前年よりも5万人減ったものの、総人口の29.4%を占め、高齢化率は過去最高を更新しており、日本は、世界が経験したことのない少子高齢化社会を迎えようとしている。
世界最高水準の平均余命と疾病構造の変化
2025年簡易生命表の概況によれば(政策統括官付参事官付人口動態・保健社会統計室, 2025)、2025年の平均寿命は、女性87.33年、男性81.35年となり、国際比較では、女性は41年連続で世界1位を維持し、男性は7位となっている。そのため、結核等の感染症などの急性期疾患から、悪性腫瘍や生活習慣病、認知症などの慢性期疾患等へ疾病構造が変化しており、求められる医療も、「治す」医療から「治し支える」医療へと変化し、介護、福祉も含めた、地域包括ケアを実現するための提供体制の整備が必要となっている。
コロナ禍における疾病の自己管理の経験
2021年に発生した、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(以下、「コロナ禍」という。)においては、医療機関が発熱外来等を開設して発症者等へ医療を提供したものの、国民が移動する際に提示が求められた陰性証明等の感染の有無を調べる検査などは、市販薬(OTC(Over The Counter)検査薬)や研究用試薬を用いた検査が市中で行われた(厚生労働省, 2022)。医療機関に受診することなく国民自らが検査を行い、自身の健康管理を行わざるを得ない環境に置かれたことで、健康状態を自己管理するという経験を国民は得た。
デジタルヘルス(SaMD(Software as a Medical Device)等)の進展
2020年12月に初めて保険適用されたニコチン依存症治療アプリを皮切りに、高血圧治療補助アプリ、不眠障害治療アプリが次々と保険適用され、治療の世界でも、アプリを始めとしたデジタルヘルスが進展している。しかし、アプリの保険適用範囲は極めて限定的であり、保険適用範囲以外に対する選定療養が2024年度診療報酬改定で明記されたものの(厚生労働省保険局医療課, 2024)、対象の追加や基準の緩和など、運用は厳格であり、技術進歩のスピードと医療保険での評価スピードが合わず、診療報酬だけでの評価方法では、時代の要請にあわなくなってきている。
公的医療保険の給付と負担の議論とOTC(類似)薬の推進
2025年7月に行われた参議院通常選挙により、自由民主党(以下、「自民党」という。)・公明党の与党が衆議院に続いて参議院でも少数与党となり、新しい政権の枠組みとして自民党と日本維新の会による連立政権が誕生した。その際の政権合意文書に、「「OTC類似薬」を含む薬剤自己負担の見直し」が明記されたことをきっかけに議論が進み、2026年5月29日に成立した健康保険法等の一部を改正する法律では、OTC医薬品(Over The Counter医薬品; 以下、「OTC薬」という。)との代替性が特に高い薬剤(以下、「OTC類似薬」という。)を用いた療養等について、薬剤費の一部を保険給付外とする一部保険外療養を創設することとなった(厚生労働省, 2026b)。
今後、政権の枠組みがどのようになろうとも、現役世代の保険料負担の軽減を主張する政党が多いことから、公的医療保険の給付範囲の見直し・縮小の議論が進む可能性が高い状況は続くものと考えられる。
医療機関の経営悪化と求められる効率的な医療提供体制
コロナ禍を経て平時の医療提供体制となり、医療関係者は、コロナ禍以前の環境に戻ると漠然と期待していた。しかし、特に病院では入院患者減少による病床稼働率の低下が続くとともに、物価高騰や賃金上昇により、6割の病院が経常赤字に転落するなど存続の危機に瀕している。また、日本医師会の調査によれば、診療所も赤字決算の割合が増え、利益率も低下するなど、医療機関全体の経営が悪化してきている(日本医師会, 2025)。
さらに、2024年4月に施行された、いわゆる医師の働き方改革による医師の勤務時間の制限や医師の地域・診療科偏在により、人口減少、患者減少が急速に進む地方から、医療機関の継続性にも疑義が生じており、今後は統廃合を含めた効率的な医療提供体制が求められると考えられる。こうした背景が念頭に2025年12月には改正医療法が成立し(厚生労働省医政局, 2025)、今後、その前提をもとに新しい地域医療構想の策定が進められることになる。
「セルフマネジメント」を推進する環境整備の必要性
世界に比類ない国民皆保険を実現した1961年から65年が経過し、国民皆保険成立の重要な担い手であった基礎自治体(市町村)は急激な人口減少に直面し、福祉・地域交通・社会インフラ整備等が機能不全になりつつある。ありとあらゆる分野で時代の転換点に差し掛かっている今、「医療機関は、疾病に罹患してから受診するもの」という医療のあり方を転換し、国民・患者が自らの健康に投資するという考え方も含めた「セルフマネジメント」を推進する環境を整備(国民が「セルフマネジメント1」を進めるにあたっての相談体制の整備、医療従事者の役割の制度化などを通じた意思決定支援による国民に対する手厚い支援体制の構築も含む。)するという、これまでとは根本的に違う施策を検討する時期になっている。
- 【セルフマネジメント】とは、患者が自分の病気のことを理解し、治療の選択に主体的に関与しつつ意思決定し、治療を継続しながら、運動や食事などの生活習慣を健康的な行動へ改善するなど、自らの体調を管理すること(環境再生保全機構, no date)。↩
2.現状と課題
(1)国民の意識の変化と保険給付範囲縮小への懸念及び国民が指向する医療保険の在り方
「令和4年社会保障に関する意識調査」によれば(政策統括官付政策立案・評価担当参事官室, 2024)、今後の社会保障の給付と負担に関する考え方については「社会保障の給付水準を維持し、少子高齢化による負担増はやむを得ない」が最も多く32.7%となり、「社会保障の給付水準を引き上げ、そのための負担増もやむを得ない」の16.9%と併せると、約5割の国民が現在の医療保険の給付等について多少の負担が増えても現在の給付やサービス内容を維持(向上)してほしいとしている一方、2025年7月の参議院選挙の結果は、現役世代の負担感からか、社会保険料の負担軽減を訴えた政党が議席を増やす結果となり、国民のなかの社会保障に対する意識に、底流で変化が起きはじめていると推測される。
しかし、保険料負担の軽減の観点から2024年12月に提示された高額療養費制度の見直しの議論2では、結論に至るまでの議論の経緯が唐突であったなどの手続き論の問題はあったものの、患者団体からの批判の趣旨は、自己負担額の上限を大幅に引き上げることにより、命に係わる病気になったときに、治療を躊躇し、もしくは家族に大きな経済的負担が生じてしまうことへの懸念であった2。
以上を総合すると、国民の意識として社会保障、特に医療保険については、一般的な軽度医療は自己負担とし、難病や悪性腫瘍といった命に係わる疾病に罹患した際、家計が壊滅的にならないようにする「カタストロフィック型」の医療保険を、国民が指向していると言えるのではないか。
- 前述の健康保険法改正により高額療養費制度は、年間上限額の設定や多数回該当に関する配慮が行われたうえで、月額の自己負担限度額の引上げや所得区分の細分化による限度額の引上げなどの見直しが行われた(厚生労働省, 2026b)。↩
(2)政府における予防医療の検討
一方で、政府においては、「攻めの予防医療に向けた性差に由来するヘルスケアに関する副大臣等会議」において、「攻めの予防医療」として、健康寿命の延伸を図り、皆が元気に活躍し、社会保障の担い手になっていただけるように、予防に努め、疾病を発見し、早期に適切な機関等につなげることを目的に議論が行われ、2026年5月25日に以下のような内容が示されている(内閣官房, 2026)。
(関係部分を抜粋)
企業、保険者、自治体が連携し、予防・健康づくりへの投資を加速する社会的仕組みを整える。
〇 保険者による予防・健康づくりを推進するため、これまで創出されたデータ及び知見の整理を行い、データヘルスを活用した予防医療モデルの構築を進め成果創出を促す保険者インセンティブの在り方を検討する。
〇 中小企業における健康経営の推進に向け、自治体・経営支援機関と地域の健康づくり支援機関の連携による支援を強化する。
〇 エビデンスに基づくヘルスケアサービスの開発支援、臨床での活用を目指してPHR(Personal Health Record)を活用したユースケースを創出。
上記のように、「セルフマネジメント」推進のため、データやエビデンスをもとにした予防医療の推進について検討が進められており、2026年7月21日に閣議決定された経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太方針2026)にも(内閣府, 2026)、また、2026年6月30日にとりまとめられた日本成長戦略においても(日本成長戦略本部/日本成長戦略会議, 2026)、「攻めの予防医療」についての記載があり、政府が予防医療に対して力を注いでいることがわかる。
(3)日本国民のヘルスリテラシーの低さ
主にOTC薬を利用することなどを念頭においた「セルフメディケーション」という言葉は、医療費適正化のため医療機関の受診を抑制すること等を目的とする文脈で用いられることが多いが、制度改正は逐次行われているものの、劇的に進展することはなかった。その理由としては、現在のフリーアクセスと手厚く幅広い給付がある医療保険制度に慣れ切っている国民にとって、保険以外の医療を、全額自己負担で、かつ、国民自身が自己責任で判断し利用せざるを得ないという状況に置かれるという負担感と不安感があるのだろうと考えられる3。
聖路加国際大学の中山和弘氏らの調査によると、欧州8か国、アジア6か国と日本を比較すると、日本のヘルスリテラシーが最も低い結果になったという(Nakayama et al., 2015)。また、中山氏は、日本人のヘルスリテラシーが低い理由として、
- 家庭医が少ない(病気になったときに相談する専門家を見つけるのが難しい。)
- 総合的な健康情報サイトが足りずインターネットの信頼度が低い(正しい答えを見つけられない。)
ことを指摘している。
ヘルスリテラシーとは、健康や医療の情報を「入手」「理解」して、「評価」「意思決定」できる力のことを指すとしていることから、国民が「セルフマネジメント」を当たり前のこととして受け入れるためには、医療機関の「かかりつけ医機能の強化」もさることながら、医療者の丁寧な説明をもとに患者本人が意思決定をするSDM(Shared Decision Making:協働意思決定)4を推進するとともに、その説明の背景となるデータベースの整備等や健康教育に対する機会の充実が必要となる。
日本における家庭医の状況
国民のヘルスリテラシー向上のため必要とされる「かかりつけ医」については、2025年4月に「かかりつけ医機能報告制度」が施行され(厚生労働省, 2025a)、医療機関が、継続的な医療を要する者に対する発生頻度が高い疾患に係る診療その他の日常的な診療を総合的かつ継続的に行う機能である1号機能と、2号機能として、通常の診療時間外の診療、入退院時の支援、在宅医療の提供、介護サービス等と連携した医療提供の4つの機能について、それぞれの有無を報告することとなっている。しかし、制度は始まったばかりであり、人口・疾病構造の変化に伴って必要となる在宅医療や高齢者救急等の地域包括ケアを医療機関に実施するよう働きかける制度設計にはなっていない。その際、制度上はかかりつけの患者に対する総合的な診療などは想定されているものの、「セルフマネジメント」推進を前提とした、国民のヘルスリテラシー向上のために必要な健康相談等についての「かかりつけ医」の役割について、議論がなされた形跡はない5。
信頼できる医療情報へのアクセスに関する状況
次に、ヘルスリテラシー向上のために必要とされる医療データについては、国民が個人の健康状態を知るための医療データ(PHR)についても、マイナ保険証やマイナポータルを活用したデータ連携も始まったばかりであり、また、真に必要なデータが格納されている電子カルテに至っては標準化が進んでおらず、データの名寄せもままならない。「全国医療情報プラットフォーム」を構築するため、さまざまな事業を展開しているものの、収集した情報をどのように活用するのか、その情報がどのような意味を持つのかなど、国民に対して分かりやすく還元するものとはなっていない。一方、国民がセルフマネジメントを行うために必要な「正確」かつ「わかりやすい」情報についても、診療ガイドラインの公表を進めるEBM推進事業において公表件数は増えているものの、国民が見てわかりやすいとは到底言い難い(日本医療機能評価機構, 2004)。また、医療機関の評価に関するデータの公表も遅れている。いわゆるQI(Quality Indicator)と呼ばれる臨床評価指標については、医療の質向上のための体制整備事業が行われているものの、全国の医療機関共通で報告している指標は、未だ9指標(【図表1】・【図表2】参照)にとどまっており、「セルフマネジメント」において肝要となる患者が必要な情報を入手し、主体的に意思決定するという環境にはほど遠い状況となっている。

(出典)公益財団法人日本医療機能評価機構「医療の質向上のための体制整備事業」資料

(出典)公益財団法人日本医療機能評価機構「医療の質向上のための体制整備事業」資料
- 骨太方針2026においても、「給付と負担の全体像を含む全世代型社会保障の将来的な姿を若者も含め国民に分かりやすく情報提供する。」と記載がされるなど、国民に対する社会保障に関する教育、情報提供が必要と考えられている。↩
- 本報告書においては、医療者と患者が協働して意思決定を進めるプロセスを重視する観点から、SDMを「協働意思決定」と訳すものの、「共有意思決定」と訳されることもあり、引用している既存の報告書ではSDMを「共有意思決定」と訳していることに留意すること。↩
- 診療報酬で規定されている「地域包括診療料」においては、主治医機能として、各種の健診実施や健康相談などに応じることになっているものの、医療法上のかかりつけ医機能報告制度は、医療機関の報告に基づく情報を公開することが目的となっているため、実施が担保される制度設計とはなっていない。↩
(4)「セルフマネジメント」を推進するための制度の遅れ(医療費適正化計画、データヘルス計画、健康増進計画(健康日本21)の成果と評価)
2006年の医療制度改革関連法により成立した「高齢者の医療の確保に関する法律」で規定された医療費適正化計画は、2008年4月から実施され、国民の適切な医療の確保を図る観点から、医療費適正化を総合的かつ計画的に推進するため、都道府県が計画を定めている。特定健診・特定保健指導の実施や、たばこ対策、予防接種、重症化予防、高齢者の疾病・介護予防などの「住民の健康の保持の推進」と、後発医薬品及びバイオ後続品の使用促進や医療資源の効果的・効率的な活用、医療・介護の連携を通じた効果的・効率的なサービス提供などを行う「医療の効率的な提供の推進」が主な取組と目標となっており、2024年からは第4期医療費適正化計画の期間となっている。第3期医療費適正化計画の進捗をみると、診療報酬で強烈に誘導をかけている後発医薬品の使用割合や、診療報酬改定率等で調整可能な「医療の効率的な提供の推進」、いわゆる医療費の適正化の部分だけは目標を達成しているが、2006年の医療制度改革関連法の大きな目的である生活習慣病対策を実施することで医療費を適正化するという部分の、国民の健康保持増進等に関する指標はどれも目標値を下回っている(厚生労働省, 2025b)。
また、「日本再興戦略」(2013年6月14日閣議決定)で、「国民の健康寿命の延伸」が重要な柱として掲げられつつも、「保険者は、健康管理や予防の必要性を認識しつつも、個人に対する動機付けの方策を十分に講じていない」ことが指摘されたことを受け、全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として「データヘルス計画」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求めるとともに、市町村国保が同様の取組を行うことを推進することとなり、2014年3月に健康保険法に基づく保健事業の実施等に関する指針(保健事業指針)が改正された。これに基づき、健康・医療情報を活用してPDCAサイクルに沿った効果的かつ効率的な保健事業を実施するため、実施計画(データヘルス計画)を策定・実施することになったわけであるが、医療費適正化計画も含め、結果として、保険者だけに被保険者の健康づくりの成果を期待する政策は限界を呈していると言っていい。
その他、ヘルスリテラシー向上も含めた厚生労働省における健康増進政策として、2024年度から「健康日本21(第3次)」が進められているが(厚生労働省健康・生活衛生局健康課, 2023)、前出の医療費適正化計画よりも都道府県や市町村の主体的取組は薄く、また、国民に対しては、いわゆる行政からの「働きかけ」「単発事業」の類の政策にとどまっているため、健康日本21の前身である1978年の第1次国民健康づくり対策策定以降、健康増進政策は実効性がなく、国民自らが健康管理を主体的に行うまでの行動変容には至っていない。
ここまでで見えてくるものは、保険者や行政機関を通して、被保険者・国民に対して健康づくりを促し、ひいては医療費適正化をするという方策については効果が期待できないということではないか。その理由としては、健康づくりを行った際の被保険者・国民の直接的な経済的メリット(保険料負担の目に見える減少や現金に近い「見返り」のようなもの)がない(一部ポイント制による直接的なメリットはあるものの限定的である。)ことと、「摂生が必要」な健康づくりよりも、症状が出た時に、いつでもどこでも受診でき、かつ、薬をもらえば何とかなるという楽な方向に流れるという国民の意識、また、「空気や水」のように「あって当たり前」「少額の自己負担で済む」と思っている保険給付範囲が極めて広い医療保険制度が存在することによるのだろう。しかし、現在の財政・経済状況を踏まえ、また、国民の保険料負担への忌避感をもとに、今後、医療保険の給付範囲が縮小され、保険外となる医療サービスへのアクセスが難しくなったときにはじめて、真に国民は健康づくりに目覚めることになる。
その際、これまで世界に比類ない恵まれた医療保険制度を享受してきた国民が、突然の給付範囲の縮小により医療サービスが受けられなくならないよう、公的医療保険制度本来のセーフティーネット機能(疾病罹患による家計の崩壊、防貧)は維持しつつも、現役世代の社会保険料の負担軽減をも両立させるため、「セルフマネジメント」を国民が主体的に取り組める環境整備や、国民のヘルスリテラシー向上に向けたエンパワーメントに関して、そして、こうしたことを実現できる医療保険制度となるような構造転換(受け身→主体的、治療→予防)に資する提言をすることとしたい。
3.提言に当たっての基本的考え方
本研究会は、「セルフマネジメント」を推進するための2つの提言を行うに当たり、以下の4点を提言の前提として整理した。
① 健康格差、所得格差を放置し、社会的弱者を切り捨てる内容ではないこと
― 関連する内容:国民のヘルスリテラシー向上のための健康教育の必要性、国民への情報発信の強化
② 医療保険制度の中核を守るため、制度の持続可能性を追求した内容であること
― 関連する内容:OTC検査薬の推進、日本版自己管理型医療貯蓄口座(仮称)の制度導入
③ 提言内容を推進することにより、医療機関(病院・診療所)等の経営状況の改善にも寄与するものであること
― 関連する内容:SDMの診療報酬評価の推進、かかりつけ医機能の評価、セルフマネジメント拠点(仮称)の整備
④ しかしながら、時代の変化に応じて制度を変えていく必要があるということを示すものであること
― 関連する内容:個人の健康づくりに対する評価(PAMスコア)、インセンティブの設定(医療貯蓄口座への補助など)、新たな保険給付(セルフマネジメント給付(仮称))の設定、重症化予防等選定療養の推進
以上を踏まえ、次章のとおり提言する。
4.提言1:「セルフマネジメント」を推進する環境の整備
提言1の基本的方向性は、「受け身」から「主体的・参加型」への転換である。すなわち、国民・患者を「受診する人」から「健康づくりの主体的な担い手」へ、医療者と患者が共に治療・予防の意思決定を行う体制へ、そして、病気になってからの受療から、健康づくりを主体的に行うための健康教育の実施へと転換を図るものである。この方向性の下、具体施策として以下の4点を提言する(全体像は【図表3】参照)。
① Shared Decision Making(協働意思決定:SDM)の推進とそれを支えるDecision Aid(デシジョンエイド:DA)の整備
② 「セルフマネジメント」を支える医療従事者の役割変革と国民への健康教育の実施
③ 「セルフマネジメント」を推進するための体外診断薬のOTC化等の環境整備
✓ OTC薬化の推進に合わせ、自己診断のための検査薬(体外診断薬)のOTC化を推進
④ 「セルフマネジメント」を支援する社会的基盤の整備とAI技術の活用
✓ 国民・患者が自らの健康・治療情報を統合的に把握・活用できる環境を整備
✓ 住民のセルフマネジメントを支える「セルフマネジメント拠点」(医療機関、薬局、健康増進施設、有資格者を配置した施設等の連携)を基礎自治体・事業者単位で整備
✓ 近年進展が著しいAIを健康相談に活用する社会実装を念頭においた法整備を検討

(出典)本研究会事務局作成
提言1-①Shared Decision Making(協働意思決定:SDM)の推進とそれを支えるDecision Aid(デシジョンエイド:DA)の整備
国においてPHRを含めた個人の医療情報収集・集約化、利活用の議論が進んでいるものの、国民・患者が必要なときにすぐにアクセスできる、「分かりやすい」医療機関情報や疾患に対する診療ガイドラインなどの情報はない。こうした環境のためか、日本人は「決める」ことが苦手であり、ヘルスリテラシーは低いとされている(Mann et al., 1998; Martinsons and Davison, 2007)。なお、幸福感を高めるのは、自分で考え・判断し・意思決定するという「自己決定」できることと関連すると言われている(西村 and 八木, 2018)。
また、医師を含む医療従事者からの患者への説明は、インフォームドコンセント(IC:Informed Consent)の域から抜け出せておらず、いまだに医療従事者と国民・患者の間の情報の非対称性が厳然として存在し、治療を受ける患者の「納得感」という課題は解決されていないままである。
このような中で、国民・患者が自身の治療方針について、真の意味で自己決定し「セルフマネジメント」できる環境を作るためには、SDMを推進することが必要と言える。しかし、SDMを推進しようにも、その基盤となるための診療ガイドラインの整備も遅れており、公表されているガイドラインをホームページ上で見ようにも、患者が理解しやすい内容となっているとは凡そ言い難い。それを解決するものが、オランダなど海外では整備されているDA(Patient Decision Aid)6であるが、日本ではこの整備も遅れている(各国におけるDA開発機関の取組状況は【図表4】参照)(中山和弘, 2026)。
そのため、SDMに関して診療報酬上限られている評価(腎代替療法指導管理料)を拡充するとともに、DAの整備に向けた財政支援について提言する。

(出典)中山和弘『意思決定支援とディシジョンエイド』(日本医事新報社、2026年)21)
(SDMの診療報酬上の評価)
診療報酬上の評価に際しては、2021年11月に公表された「患者の望みを支える「患者主体の医療」実現のための研究会」報告書の評価方法も参考にしつつ(石川 et al., 2021)、既存の評価項目を拡充するとともに、品質保証という観点で、DAの国際的基準となっているIPDAS(International Patient Decision Aid Standards)基準等も勘案した要件設定が必要と考えられることから、SDMを実施する際に必要となるDAの具体的な要件も含め、以下のような要素を含むことを提言する(日本語版IPDASiの評価基準は【図表6】参照)(大坂et al., 2017)。
- 複数の医学的に妥当な選択肢を提示していること
- 各選択肢の長所を説明していること
- 各選択肢の短所、リスク、不確実性を説明していること
- 本人の価値観、生活背景、希望を確認していること
- DAまたはそれに準じる構造化資料を用いること
- 説明内容と本人の考え方を記録していること
- 資料を本人に交付していること
- 必要に応じて看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー等の多職種が関与していること
ここで参考として、前述の研究会において検討されたSDMに対する診療報酬の算定要件と施設基準の案を示す【図表5】。
【点数設定】
- 入院の場合:(仮称)共有意思決定実施加算 1,000点
(入院初日から7日間に限る)。退院後、外来においては算定できない。
- 外来の場合:(仮称)共有意思決定実施加算 7,000点
一連につき、1回に限る。その後入院した場合は算定できない。
【算定要件】
- 患者(およびその同席者または家族。以下同じ。)に対して共有意思決定を実施した場合に算定する。
- 患者の希望の時間に実施する(土日、時間外も含む)。
- 共有意思決定はおおむね30分以上、丁寧に実施する。
- 初回の共有意思決定実施後も、患者(またはその家族)の疑問や質問に、随時、丁寧に対応する。
- 共有意思決定に際して、患者の不安の解消や情報収集機会の提供のためセカンドオピニオンの候補や第三者認証を受けた患者支援サイトなどを提示する。
- 共有意思決定の内容を書面もしくは画像、音声にて記録する。
- 患者に対して説明した資料(書類や画像等)、データ等を患者に書面等で交付しカルテに添付する。
- 専門医等の説明を受けた際の、患者の考え方を記載した書面等をカルテに添付する。
- 看護師、社会福祉士、医療ソーシャルワーカー等の関係者を同席させる。
- 一連につきの範囲は、患者の病状や治療方針の変更などを踏まえて個別に検討するものであること。
- 学会等が示す共有意思決定の実施ガイドラインに沿って実施すること。
【施設基準】
- 一般病床400床以上の病院であり、医療法上の紹介患者への対応を主として対応する医療機関とする。
- 初診、再診において、理由の如何を問わず、患者の状態を問わず、必ず保険外併用療養費制度を利用し、患者から自己負担を徴収すること(共有意思決定の対象となる疾病等の紹介外来を除く。救命救急センターにおける重症者への対応を除く。)。
- 医師の働き方として、A水準(時間外960時間未満)を維持している(外来を縮小し、入院に移行する)。
- 地域の医療機関に常勤医を派遣している(専門医を必要以上に抱え込まず、地域(県内外を問わない)の医療機関を応援し、医師の偏在対策に寄与する)。
- 当該対象患者には院内処方を実施できる医療機関とする(薬の管理まで自院で完結することを想定)。

(出典)日本語版IPDASi(v4.0)24)
参考:「患者の望みを支える「患者主体の医療」実現のための研究会」報告書におけるSDMの考え方 (石川 et al., 2021)。
ア SDM(共有意思決定)とは
医療者と患者が医学的なエビデンス(科学的な根拠)と患者の生活背景や価値観などを共有して一緒に治療方針を決定するプロセスをいう。特に、治療方針に関して、不確実性が高く、治療法(医療技術)の選択肢が多くあり、どの治療法がよいのか分からないときに必要となる。
イ SDMの対象疾患
生命に与えるリスクが高く、治療法の不確実性(望ましい患者アウトカムを実現できる可能性が他の選択肢より高いと示されている治療法が確立されていない)の高い「がん」・「難病」であって、一定の質以上のエビデンスに基づく診療ガイドラインが公表されている疾患(Mindsで公開中の診療ガイドラインの対象疾患を想定)とする。命のリスクと確実性の観点から整理した意思決定タイプとSDMの対象領域は【図表7】のとおりである。

(出典)「患者の望みを支える「患者主体の医療」実現のための研究会」報告書(概要版)23)
ウ SDMで説明すべき項目
SDMにおいては、以下の項目を説明することとする。
- 診療ガイドライン等に基づく標準治療法以外の治療法(医療技術)の選択肢
- それぞれの治療法(医療技術)による成績(予後)
- 治療にかかる費用
- 退院後の治療方針
- 病期・病態に合わせた標準治療法、全国の平均的な治療実績・成績(予後)
- 自院および主治医自らの治療実績・成績(予後)
これに加えて、患者が意思決定するまでに必要となる以下の項目を合わせて示すことで、患者の不安にも寄り添うこととする。
- セカンドオピニオンの実施できる医師、医療機関の提示
- オンライン診療等による随時の相談体制
エ SDMの実施を想定する医療機関
医療法により規定された「紹介患者への外来を基本とする医療機関」を含む大病院、すなわち、一般病床400床以上の病院であり、医療法上の紹介患者への対応を主として対応する医療機関を想定する(該当する病院数は【図表8】のとおり)。
| 病床数 | 特定機能病院 | 地域医療支援病院 | その他 | 全体 |
|---|---|---|---|---|
| 400床以上 | 86(1.0%) | 328(3.9%) | 124(1.5%) | 538(6.4%) |
| 200~399床 | 0(0%) | 252(3.0%) | 564(6.7%) | 816(9.7%) |
| 200床未満 | 0(0%) | 27(0.3%) | 7,031(83.6%) | 7,058(83.9%) |
| 全体 | 86(1.0%) | 607(7.2%) | 7,719(91.8%) | 8,412(100%) |
(出典)「患者の望みを支える「患者主体の医療」実現のための研究会」報告書(概要版)23)
(DA整備に向けた財政支援等)
Mindsを含む診療ガイドライン整備の制度的枠組みに、DAの開発・公開を構造的に組み込むことを提案する。
その際、日本においては、「患者さんとご家族のための意思決定ガイド」(decisionaid.jp)に22件のDAが公開されており、こうした既存の財産を有効活用し、厚生労働省の委託事業(予算事業)として実施されているMindsによる診療ガイドライン(既にできているものも、これから作成するものについても)作成と同じように、DAの作成についても、ガイドラインと一連のものとして位置付け、作成に対する財政的支援を行うことで開発を促進することを提言する。
参考:オランダにおけるSDMの取組 (van der Weijden et al., 2022)
オランダでは過去10年にわたり「共有意思決定(SDM)」の概念が普及しており、2020年より、医療提供者に対し、治療を行わない選択肢も含めて患者とともに意思決定を行うことが法的に義務付けられている(WGBO改正)。ただし、現場ではまだSDMが十分に実施されておらず、文化的変化の途中段階にあるとされる。
現状として、SDMは精神科・プライマリケア・周産期・緩和ケアなどで成果を上げており、各種キャンペーンや意思決定支援ツールが開発されている一方、病院専門診療領域では進展が限定的である。また、SDMのための追加診察時間に報酬を認めたが、実運用上は機能しなかったとされる。
実際の取組としては、患者が医師に3つの質問(治療の選択肢は何か、それぞれのメリット・デメリットは何か、自分にとって何が最適か)をすることを推奨する“3 good questions”キャンペーンが代表的であり、意思決定支援ツール(Decision Aids)の開発と普及が進められている。
効果・成果としては、小児RSウイルス予防薬の使用や腫瘍治療(特に高齢者)などで、SDM導入による治療選択の変化と医療費削減が確認されているほか、がん診療における医師・看護師のトレーニングにより、SDMの実施が大幅に改善したことが報告されている。
- 治療や検査などの意思決定において、患者の積極的な参加をサポートするために用いるパンフレット、ビデオ、またはインターネット上のツール(患者さんとご家族のための意思決定ガイド, no date)。↩
提言1―②「セルフマネジメント」を支える医療従事者の役割変革と国民への健康教育の実施
DAが整備されても、日本人のヘルスリテラシーは現状低いこと、また、米国におけるHealthy People 2030でも「多くの人にヘルスリテラシー上の困難があるため、本人に努力を求めるだけでなく、専門家側・組織側が対応できること(組織のヘルスリテラシー)が重要」と言われていることからも(U.S. Department of Health and Human Services, no date)、先の提言にあるように、DAを整備し、SDMを制度化したとしても、短期間で国民・患者が自己決定できる環境を作ることは難しい状況にあると考えられる。そのため、「セルフマネジメント」への政策転換を始める基盤づくりという意味も含め、まずは、医療従事者(特に医師)に対して、SDMの診療報酬での評価を拡充する際に、患者に対してDAを用いてSDMを確実に履行できる要件設定を行うとともに、医療従事者の研修履行を要件化し、医療従事者の教育を行う環境を整備する必要がある7。

(出典)「患者の望みを支える「患者主体の医療」実現のための研究会」報告書(石川 et al., 2021)
一方で、医療従事者からの一方的なSDMの実施は、真の意味での「共有」意思決定とはならないため、将来、日本人が自己決定でき「セルフマネジメント」ができるよう、国民全体のヘルスリテラシーを高めるために、シンガポールで行われているような幼少期からの教育が重要であり(一般財団法人自治体国際協会シンガポール事務所長, 2019)、「セルフマネジメント」政策を推進するための素地として、日本においても初等中等教育からの健康教育の制度化を提言する8。また、後述するセルフマネジメント拠点とも関連するが、「かかりつけ医」の役割は重要であり、健康教育の制度化と併せて身近な健康相談を受ける拠点として、「かかりつけ医」機能の強化は重要な視点である。
- SDMを実施する際、患者本人だけでは理解が難しい場合や患者が不安になる場合もあり、また、医療機関側においても医療情報を患者が理解しやすい形で「通訳」することが難しいと感じる場合に、「通訳」となる外部人材の活用も考えられる。その際、単なる情報の「通訳」にとどめず、患者が選択肢、長所、短所、自分にとって大切なこと(価値観)を整理できるよう支援することができる人材を「通訳」として育成する必要がある(【図表9】参照)。
この「通訳」として、ピアサポートが重要な役割を担う場合には、ピア人材も活用の対象とすることも考えられる。↩ - 一般財団法人阪大微生物病研究会と香川県観音寺市が2026年3月24日に協定を締結し、小学校高学年における感染症予防の正しい知識とともにヘルスリテラシー(健康や医療に関する正しい情報を入手し、理解して活用する能力)を育むよう、小学校高学年向けの教材開発と授業の実施において連携する。観音寺市内の小学校での授業実践・研究を通して、これらの教材の作成・改良、将来的な全国展開を目指すとしている。
学習指導要領への記載が最も効果的であるが、関連する文書等への記載など、実効性のある制度化であればどのような方策でも歓迎する。↩
提言1-③「セルフマネジメント」を推進するための体外診断薬のOTC化等の環境整備(医薬品のOTC薬化推進も含む。)
コロナ禍を経て、国民は自身の健康を自己管理する必要性に迫られた経験から、「セルフマネジメント」の重要性を理解している。しかし、現時点において、一般用検査薬(OTC検査薬)と認められているものは、尿糖、尿蛋白、妊娠検査、排卵日予測検査、新型コロナ、新型コロナ/インフルエンザの6種類に留まっている。また、「経済財政運営と改革の基本方針2023」いわゆる骨太方針2023において、「OTC医薬品・OTC検査薬の拡大に向けた検討等によるセルフメディケーションの推進」が示されるなど、複数の閣議決定文書でOTC検査薬等の拡大に向けた検討が促されているにもかかわらず、2025年3月14日に薬事審議会医療機器・体外診断薬部会は「低侵襲性の穿刺血など血液検体を用いた検査薬」のOTC検査薬への転用等に関するとりまとめを公表し、時期尚早との結論で、OTC検査薬の拡大を拒否する格好となっている(薬事審議会医療機器・体外診断薬部会, 2025)。
HIV感染症の事例を挙げると、いわゆる「いきなりエイズ」と言われる、HIV感染をエイズ発症の際に知る人の割合が30%近くに上ると言われており、これは、「HIV検査体制の改善と効果的な受検勧奨のための研究」において、自己穿刺血を用いた郵送検査の利用件数が保健所の無料匿名の対面検査数を上回っていることからみても、HIVの自己検査キット(穿刺血式、口腔液式)が日本では薬機法の承認を得られておらず、「一人で・簡便に」検査したいという国民のニーズに応えられる環境になっていないことが原因と言えるだろう(厚生労働省, 2024)。
そのため、治療・予防に関してOTC薬の適用のある疾患に関する検査薬(体外診断薬)は速やかにOTC検査薬として承認し、OTC化を推進するべき(コンパニオン診断薬と医薬品の承認の同時申請などと同じ考え方)と提言する。
前出の部会のとりまとめに書かれているような、国民・患者側のリテラシー向上や、ガイドラインの整備、販売側の体制整備などは、OTC検査薬の推進を拒否する言い訳に過ぎない。これは、OTC検査薬だけではなく、緊急避妊薬のOTC薬化の議論でも同じような経過をたどっていることを見ればわかる。
医薬品も検査薬もOTC化を加速化する規制緩和を提言するとともに、検査を行う際の自己採血の問題や検体の郵送、針の処理など、OTC検査薬の使用に関連する法規制の整備の推進も提言する(厚生労働省, 2024)。2026年の健康保険法改正でOTC類似薬への追加負担が制度化されれば、医療機関を受診しない選択をする国民・患者が増えることも予想されることから、国民・患者が自身で健康管理を継続するという「セルフマネジメント」を実践するために、簡便・迅速・正確な検査を行えるOTC検査薬が存在する環境を整えることが重要である。この環境こそが、「セルフマネジメント」の起点であり、かつ、国民・患者が自ら適切な治療と予防を自己選択できる基盤となるのである9。
補足:血糖自己測定器(SMBG)のOTC検査薬化に関する具体的検討
例えば、これまでにOTC薬化の候補として名前の挙がった高脂血症治療薬(アトルバスタチンカルシウム水和物など)や糖尿病治療薬(ボグリボースなど)等が、仮にOTC薬化されれば、コレステロールやHbA1c値、血糖自己測定器(SMBG:Self Monitoring of Blood Glucose)のOTC検査薬化が必須となる。
現状、低侵襲性の穿刺血を用いた検査薬のOTC検査薬への転用は「時期尚早」とされているが、糖尿病治療薬がOTC薬化されれば、SMBG(血糖自己測定器)のOTC化は必須である。2025年度の厚生労働科学研究によれば、医師の68%以上はSMBGのOTC化が有用であると回答しており、医師の間ではOTC化の意義が十分に認知されている(厚生労働省, 2026a)。
① 段階的なターゲット設定の必要性
SMBGのOTC化にあたっては、一般の健康関心層まで一斉に広げるのではなく段階的なアプローチが妥当であると考える。先述した調査でも、糖尿病予備群では『生活習慣のふりかえり』(29.0%)や『糖尿病予防』 (28.1%)が上位を占め、予防的意義が強調された。一方で、健康関心層への有用性評価は相対的に低く、また、対象が低リスク層に広がるほど誤使用やインターネット上の不適切情報に基づく誤解といった懸念が強まる。そのため、「糖尿病患者」と、予防的介入の意義が大きい「糖尿病予備群」を基本ターゲットとして設定し、段階的にOTC検査薬としてのSMBGを展開すべきである。
② 患者行動の課題
「糖尿病予備群」の患者のうち約4割が医療機関を受診しておらず、その理由として「どの医療機関に行けばよいかわからない(25.6%)」という声があがっている。また、薬局で薬剤師から受診を勧められても、実際に受診した者は17.6%にとどまるなど、単にOTC検査薬としてのSMBGを販売するだけでは、適切な医療機関受診や行動変容に結びつかないという構造的な問題が浮き彫りとなっている。
③ 推進のための具体的な環境整備(セルフマネジメント拠点への接続)
これらの課題を乗り越え、SMBG等の穿刺血検査薬のOTC検査薬化を安全かつ実効性のある形で実現するためには、次項(提言1-④)で述べる「セルフマネジメント拠点」の機能強化と社会的基盤の整備が不可欠となる。第一に、標準化された支援ツールの整備である。販売時の説明資料、判定アルゴリズム、明確な受診勧奨基準フローチャートなどの実践的な標準化ツールを国や学会が主導して体系的に整備する必要がある。第二に、実効性のある受診勧奨と医療機関との連携の構築である。検査値の異常が発見された際、患者が迷わず受診できるよう、PHRを活用した医療情報の共有環境の整備を推進し、医療機関への受診につながるような連携体制を構築しなければならない。このように、対象者を絞った段階的なターゲット設定と、薬局等のセルフマネジメント拠点における「ツール」および「連携」の整備を両輪で進めることで、「セルフマネジメント」を行う環境が実現する。
- 検査手段として、侵襲性の高い血液検体に加え、低侵襲な口腔液式検査が国際的に普及していることを踏まえれば、OTC検査薬化の現実的な経路として口腔液式を位置づけることも重要な視点である。特に、日本では、HIV自己検査について血液式・口腔液式のいずれも承認されていない状況にあることにも留意が必要である。↩
提言1-④「セルフマネジメント」を支援する社会的基盤の整備とAI技術の活用
OTC検査薬の推進にあたり、必ず出てくる課題が使用者側のリテラシーの問題、つまり、国民・患者のヘルスリテラシーの低さについての指摘がある。つまりは、検査結果をどのように理解するのか、検査結果を受けて必要な受診をするなど行動がとれるのかといった、パターナリズムにも基づく主張である。これは、OTC薬、OTC検査薬の販売規制ともつながっており、この主張に対する解決策を提言しなければ、「セルフマネジメント」を実現することはできない。
そのため、医療機関10や薬局など、医療従事者がいる限られた場所でしか健康相談できないという状況を変える必要があるため、OTC検査薬の結果も含め、いつでも健康相談できる「セルフマネジメント拠点(仮称)」を整備することを提言する。拠点は、医療機関や健康増進支援薬局の他、一定の資格を持った医療従事者等がいる施設や分野別に実績のある当事者団体等11とし、基礎自治体や事業者単位で整備することが必要である。これに合わせて、OTC薬やOTC検査薬の販売についても、規制を緩和し幅広く認めることで、「セルフマネジメント」を推進する環境を整備する。

(出典)米国CMS資料
併せて、国民・患者に対して分かりやすい医療・健康情報を発信する国としての情報サイトの整備と、民間でも有用な情報を提供していると考えられるサイトを、国が認証する形で情報提供を行うことを提言する(患者の相談の場や情報サイト等の既存事例は下記参考のとおり)。
参考:患者の相談の場や情報サイト等の事例
【患者に対する相談支援を行う組織】
- マギーズ東京(https://maggiestokyo.org):がんを経験した人とその家族や友人など、がんに影響を受けるすべての人が、とまどい孤独な時、気軽に訪れて、安心して話せる、また自分の力を取り戻せるサポートもある、英国生まれのマギーズキャンサーケアリングセンター(マギーズセンター)の初めての日本版。
- くらしの保健室(https://kuraho.jp)
- COML(電話相談)
【情報サイト等】
- 民間企業等が提供する診療ガイドブック(例:Merck Manual(MSD Manual))
- SNS上の患者交流、相談支援の場(例:patients like me、BELONG.LIFE)。patients like meは2,800疾患を扱い、同じ症状の患者が情報(患者属性、人数、治療法(患者自身が評価したもの)、副作用、効果等)を入力しており、患者単位の情報(日々の体調、QOL、機能評価指標、症状等)も見ることができる。
さらに、現在の技術進歩を踏まえれば、デジタルヘルス医療機器(医療用アプリやウェアラブル端末などのSaMD)のデータの解釈や、OTC検査薬による検査結果をどのように理解すべきかなどは、生成AIなどの技術の活用も早急に検討すべきである。そのため、早急に生成AIによる診断や健康管理実施を社会実装するための法律上の規制について検討するよう提言する。
必ずしも生成AIによる解釈が正しいとは限らないものの、「セルフマネジメント」の範囲としてどの程度まで許容されるのかなども目安を示すことが重要であろう12。
以上を踏まえ、医師か薬剤師か、医療機関か薬局かという既得権の争いではなく、国民・患者の「セルフマネジメント」を実践するという観点から不必要な規制を撤廃するため、また、医療従事者の教育、患者教育、国民のヘルスリテラシーの向上のため、情報提供や相談体制の整備と併せ、生成AI技術の活用方法を制度化して位置づけるため、時間をかけることなく早急に結論を出し、「まずはやってみる」という哲学に転換しなければならない。
- 医療機関としては、米国CMS(Centers for Medicare and Medicaid Services)のACO(Accountable Care Organization)のような要件を、日本においてもかかりつけ医の機能に位置づけ、セルフマネジメント拠点(仮称)として積極的に国民・患者の健康教育や健康相談に応じるといった要件を設定する必要がある。
【ACO】メディケア患者に対して、不必要な重複や医療ミスを回避することを目的に、医師や病院などが自発的に連携し、適時適切に連携のとれた高質のケアを提供する組織。一定の患者群を対象として年齢や疾患構成を考慮したうえで、33の指標の実施の状況も踏まえ、医療費抑制に対してインセンティブが発生するといった仕組みもある。33指標のなかには、インフルエンザの予防接種や、大腸がん検診、乳がん検診、体重管理、禁煙指導といった予防医療に関する項目がある(【図表10】参照)。↩ - HIV/AIDSに関連して言えば、当事者団体として実績のある特定非営利活動法人aktaが該当する。↩
- 2026年1月6日、米国ユタ州にて、AIによる処方箋発行を認める米国初の州承認プログラムが発表された。慢性疾患を抱える患者に対するリフィル処方箋を、医師・薬剤師の確認なくAIにより処方可能とするものであり、ユタ州商務省とAIヘルスプラットフォームDoctronic社との提携による。医療の“責任”論は、responsibility(役割)、accountability(説明責任)、liability(賠償責任)に分かれるが、本件では有事の際にはDoctronic社が賠償するとされている。↩
5.提言2:保険給付範囲の縮小に備える
提言2の基本的方向性は、疾病治療を前提とした医療保険制度から「セルフマネジメント」支援への再構築である。すなわち、「セルフマネジメント」を「未来への投資」へと位置づけ、医療保険制度を「セルフマネジメント」の視点から再設計するとともに、保険給付範囲の縮小に対するセーフティーネット機能を公的医療保険制度の外側に用意するものである。この方向性の下、具体施策として以下の2点を提言する(全体像は【図表11】参照)。
① 新しい保険給付(セルフマネジメント給付(仮称))の創設と重症化予防に関する保険外併用療養費の拡充
✓ デジタルヘルス(医療用アプリやウェアラブル端末)を活用した自己管理支援インフラの整備
✓ 適切なタイミングでの介入や指導を可能とさせるデータ整備(提言1-④とも関連)
✓ 重症化予防技術の積極導入と保険外併用療養費(選定療養)の拡充
② 個人の健康づくりの体系的評価方法の導入と保険給付範囲縮小のセーフティーネットとしての民間保険等の活用
✓ 健診受診の有無、生活習慣改善の具体的行動などを、指標をもとに評価し、可視化・還元する仕組みの導入(PAMスコアなど)。ただし、社会的弱者に対する慎重の上にも慎重な配慮をすることを前提とした制度導入の検討が必要
✓ 日本版「自己管理型医療貯蓄口座(Health Savings Account)」(仮称)を民間保険会社等に制度導入するよう要請
✓ 個人の健康づくり(上記の体系的評価方法)と関連した制度設計を想定(具体的には、健康づくりに関する体系的評価基準で、健康づくりに対して熱心に取り組む国民に対して、自己管理型医療貯蓄口座(仮称)への積立金に対する医療保険者からの補助を行うことによって健康づくりを促す。)

(出典)本研究会事務局作成
提言2-①新しい保険給付(セルフマネジメント給付(仮称))の創設と重症化予防に関する保険外併用療養費の拡充
2026年5月29日に成立した健康保険法等の一部を改正する法律においては、先述したOTC類似薬の薬剤給付の見直しが行われ、薬剤費の一部を保険給付外とする一部保険外療養を創設することとなった。この他、所得区分の細分化による月額限度額の引き上げを主とする高額療養費制度の見直しも行われ、いよいよ、保険給付範囲の縮小が始まった。さらに、2026年4月28日に行われた財政制度等審議会財政制度分科会においては、高齢者の自己負担の3割への引き上げの議論も始まっており、今後の医療保険制度改革においては、現役世代の保険料負担の軽減という政治的方向性のもと、保険給付範囲の縮小と自己負担の引き上げが継続して行われる流れができあがっている。また、2026年度診療報酬改定において、長期収載品の後発医薬品との差額負担が4分の1から2分の1に引き上げられることから、OTC類似薬への追加負担を制度化する今回の法改正による影響とともに、患者の受診状況を一変させる可能性がある。
こうしたことから、医療にはお金がかからない(もしくは低額負担で安定した医療サービスが受けられる)と信じていた国民が、いきなり大きな自己負担を求められる世界に放り出されるという可能性が否定できない状況になっており、国民にとって自らの健康を意識する絶好の機会が到来していると言っていいだろう。そのため、こうした政策的流れが継続することを前提に、本研究会では、「セルフマネジメント」を推進する観点で、これまでの保険給付範囲を抜本的に見直し、疾病予防に対する給付(セルフマネジメント給付(仮称))の創設を提言する13。
その際、提言1-④とも関連するが、近年のデジタルヘルス(SaMDも含む)や生成AIの進展は目覚ましいものがあり、医療用アプリやウェアラブル端末、生成AIを活用した自己管理支援インフラが得意とする、療養の給付(いわゆる保険給付範囲)と今回提言するセルフマネジメント給付(仮称)の間に位置するような重症化予防についても、その活用が進むよう、主に選定療養を拡充するなどの保険外併用療養費制度の運用を柔軟にすることを提言する14。
- セルフマネジメント給付(仮称)は、現在の各種健診・検診や保健指導、予防接種、健康づくり事業などを包含するイメージである。↩
- デジタルヘルスは、セルフマネジメント給付(仮称)における健康情報の収集や管理にも使用でき、また、疾病(心不全など)や機器の種類によっては、重症化予防として、選定療養の範囲で入院・再入院の防止や重症化予測による早期受診につなげるという形で使用することを想定している。
HIV感染症における、PrEP(曝露前予防内服)は、セルフマネジメント給付(仮称)、重症化予防としての選定療養のいずれの形においても、活用可能である。↩
提言2-②個人の健康づくりの体系的評価方法の導入と保険給付範囲縮小のセーフティーネットとしての民間保険等の活用
(「セルフマネジメント」に関する個人の評価基準の創設)
「攻めの予防医療に向けた性差に由来するヘルスケアに関する副大臣等会議」のとりまとめにおいては、
〇 保険者による予防・健康づくりを推進するため、これまで創出されたデータ及び知見の整理を行い、データヘルスを活用した予防医療モデルの構築を進め成果創出を促す保険者インセンティブの在り方を検討する。エビデンスに基づくヘルスケアサービスの開発支援、臨床での活用を目指してPHRを活用したユースケースを創出。
との記載もあるが、先述した財政制度等審議会においては、現在の国保の保険者努力支援制度などは廃止も提言されるなど、保険者に対する働きかけを通した国民個人の健康づくりの効果が期待できないことは、累次の医療費適正化計画の進捗状況を見ても明らかである。そのため、セルフマネジメント給付(仮称)の創設の際、国民の健康づくり意識を醸成するという観点から、個人の健康づくりに対する評価基準を創設することを提言する。
その際、個人の健康づくり情報(健診や予防接種実施の有無やそのほかの健康づくりに関する項目)を保険者が一元管理し、収集した個人の医療情報から個人の健康づくり努力を評価し最適な支援へとつなげるための客観的指標として、英国NHS等で医療費抑制の実績がある「PAM(Patient Activation Measure:患者活性度)スコア」の概念に注目し(Hibbard et al., 2005)、日本への段階的な導入を提言する。
なお、社会的弱者と言われる層に対して不公平な対応がなされないよう、慎重の上にも慎重な配慮を行うことを前提とした制度導入の検討が必要であることは言うまでもない。
また、PAMスコア15は、日本では一般的な概念ではないため、まずはSDMの導入が先行する疾患領域(慢性腎臓病など)や、先進的な自治体・保険者によるモデル事業を通じて試行し、日本人の特性に合わせたローカライズと有用性の検証を行う(文部科学省, no date)。その後、国民の理解醸成を図りながら中長期的な視点で国単位の基準として展開していく。具体的には、国民のセルフマネジメント能力を4つのレベルに分類し、以下のような階層別アプローチへと段階的に移行させる。
| 番号 | 項 目 |
|---|---|
| 1 | 結局のところ、自分の健康状態を管理する責任は私にあります |
| 2 | 自分自身の健康管理に積極的に関わることが、健康と機能能力を決定する上で最も重要な要素です |
| 3 | 健康状態に関連する症状や問題を予防または軽減できる行動を取れる自信があります |
| 4 | 処方された薬が何をするかは知っています |
| 5 | 医療を受けるべき時と自分で健康問題を対処できる時は自分で判断できる自信があります |
| 6 | 医療提供者に尋ねられなくても、私の懸念を伝えられる自信があります |
| 7 | 自宅で受けるべき医療処置はきちんとやり遂げられる自信があります |
| 8 | 自分の健康状態の性質や原因を理解しています |
| 9 | 自分の健康状態に対して利用可能なさまざまな医療的選択肢を知っています |
| 10 | 私は自分の健康のために行った生活習慣の変化を維持できています |
| 11 | 健康状態のさらなる問題を防ぐ方法を知っています |
| 12 | 健康状態に新たな問題や状況が起きたときに解決策を見つけられる自信があります |
| 13 | ストレスの多い時期でも、食事や運動などの生活習慣の改善を維持できる自信があります |
(出典)Hibbard JH, et al.(2005)30)をもとに作成
- レベル1・2(関心・自信がない層):専門職による伴走型支援(健康相談等)を重点提供し、ヘルスリテラシーの底上げを図る。
- レベル3・4(自主的に管理できる層):「セルフマネジメント」を推進するため、レベル上昇・維持者には後述する 日本版「自己管理型医療貯蓄口座(仮称)」への公的補助増額等のインセンティブを付与する。
(患者の自己負担拡大へのセーフティーネットとしての日本版「自己管理型医療貯蓄口座(仮称)」の創設と個人の評価基準との連動)
また、今後の医療保険制度においては、保険給付範囲の縮小に伴い自己負担の増加は避けて通れないこと、また、提言1で推進・拡大を提言したOTC薬、OTC検査薬は、処方薬に比べて価格が高く、国民・患者の「セルフマネジメント」を推進する阻害要因ともなりかねないことから、こうした自己負担の増大などへの備えとして、米国のHSA(Health Savings Account:健康貯蓄口座)を参考(【図表13】参照)としたような、民間保険会社等で口座を開設でき、個人が自由に積み立て、引き出しができ、かつ税制優遇も得られる日本版「自己管理型医療貯蓄口座(仮称)」の導入を提言する16。
その際、先述の個人の健康づくり努力を評価する基準を用いて、日本版「自己管理型医療貯蓄口座(仮称)」への個人の拠出金に対する公的(医療保険者等を想定)な補助等のインセンティブを設けることを提言する。このように、健康づくりに対するインセンティブは、国民が利益を享受していることが実感できるもの(個人の経済的負担の軽減が実感できるもの)に変えていくことが必要である17。
○ 高免責型医療保険の加入者は医療貯蓄口座(HSA)を開設できる。HSAは、医療目的に使用する資金を貯蓄するための口座(約4,000万口座)。
【三重の税メリット】
- 個人がHSAに拠出した金額全額(上限あり)が所得控除の対象(非課税)となる。
- HSAの口座残高は投資信託などで運用することもできる(運用益は非課税)。
- HSAから引き出して適格医療費(Qualified Expenses)に充てる場合は非課税。
【雇用主による拠出】
- 雇用主の多くが従業員のHSAに対して補助金を拠出(義務はない)。
- 企業が実施する「健康管理プログラム」参加者への報奨にも活用されている。
【適格医療費の例】
- 診療/検査における患者負担、処方薬、OTC薬、予防接種、眼鏡/コンタクト、補聴器、歯科治療、長期介護、禁煙治療、車椅子、義足 など
参考:民間医療保険と医療貯蓄口座の特徴
民間医療保険は、加入直後から一定の保障が受けられる一方、健康状態に応じた保険料負担があり既往症等は一般に対象外であるほか、個人の選択が強く影響する治療・予防は対象としにくいという特徴がある。他方、医療貯蓄口座は、十分な残高が積み上がるには時間がかかるものの、口座の開設に個人の健康状態は無関係であり、幅広い治療・予防を対象(適格医療費)とすることができるという特徴がある。保険だけでも貯蓄だけでも十分な対応は難しいことから、両者を適切に組み合わせて患者自己負担の増加に備える必要がある。
- PAM(Patient Activation Measure)スコアは、患者の自己管理能力を測定する指標であり、レベル1(健康管理への関心が低い/不安が強い)からレベル4(自主的に健康を管理し、複雑な課題にも対応できる)までの4段階に分類される(スコアはレベル1:0.0~47.0、レベル2:47.1~55.1、レベル3:55.2~72.4、レベル4:72.5~100)。質問票(PAM-13)の項目は【図表12】のとおりである。
PAMスコアの高い患者ほど不必要な医療サービスの利用が少なく、慢性疾患のコントロールも良好であるとのエビデンスがあり、英国NHSや豪州等では、PAMを上昇させる取組や、レベルに応じて支援手法を変える政策(レベルが低い患者には健康コーチング等の伴走支援を強化し、高い患者にはPHRやアプリを活用した自己管理へ移行する。)がとられつつある。
具体的には、英国ロンドン北西部の成人患者15,877人を対象とした分析では、活性度の高い患者は予防的・計画的な受診行動をとる一方、低い患者は救急入院・救急外来受診が多いことが示されている(Bu and Fancourt, 2021)。米国ミネソタ州の成人患者33,163人の分析では、レベル1~2の患者はレベル4の患者に比べて年間医療費が8~21%高く、糖尿病・高血圧・高脂血症管理のガイドライン達成率も低かった(Hibbard et al., 2005)。また、豪州の一般診療所9施設における前後比較研究(成人患者636人)では、行動目標設定や健康コーチング等の個別化された自己管理支援により平均+6.5ポイント(臨床的に重要な差とされる4ポイントを超過)の改善がみられ、活性度が低い患者ほど改善幅が大きく、層別アプローチの有効性が示されている(John, Tannous and Jones, 2020)。さらに、PAMスコアが1レベル上昇すると医療費が約8%削減されるとの報告もある。↩ - 骨太方針2026において「社会保障改革項目に関する具体的な骨子」(令和8年7月7日 自由民主党・日本維新の会 社会保障制度改革協議体)を引用する形で、「国民皆保険制度の中核を守るための公的保険の在り方及び民間保険の活用に関する検討」として民間保険の活用について言及している(社会保障制度改革協議体, 2026)。↩
- 国としての個人の口座への拠出金に対する優遇措置としては、個人の健康づくり努力の評価や税制優遇を記載したが、医療保険者から被保険者への補助については、①健康保険組合の被保険者については、健保組合に認められている「付加給付」の財源を振り替えることが可能ではないか、②各種保険者で実施している、現在のポイント制に代表されるような事業予算を振り替え、個人の拠出金に付加する形で拠出することが可能ではないか、と考えられる。↩
6.おわりに
本研究会は、2026年2月から8月までの計4回にわたり、各構成員からの報告と議論を重ね、「セルフマネジメント」を推進する環境の整備(提言1)と、保険給付範囲の縮小に備える制度の再構築(提言2)の2つの提言として、本報告書を取りまとめた。
世界に比類ない国民皆保険の実現から65年が経過し、少子高齢化の加速、医療機関の経営悪化、そして保険給付範囲の見直し・縮小の議論の本格化と、日本の医療保険制度はまさに時代の転換点に差し掛かっている。本報告書で提言した「セルフマネジメント」を軸とした構造転換(受け身から主体的へ、治療から予防へ)は、公的医療保険制度本来のセーフティーネット機能を維持しつつ、現役世代の保険料負担の軽減を両立させるための道筋を示すものである。
提言の実現には、政府における制度的検討はもとより、保険者、医療関係者、産業界、そして何より国民・患者一人ひとりの主体的な参画が不可欠である。健康格差・所得格差への配慮を大前提としつつ、時間をかけることなく検討に着手し、「まずはやってみる」という姿勢で取組が進められることを期待する。
本報告書が、国民が自らの健康に主体的に向き合い、持続可能な医療保険制度を次世代に引き継ぐための議論の契機となることを期待して、結びとしたい。
(別添1)セルフマネジメント推進研究会 構成員名簿
委員名簿は、報告書(PDF)の別添1に掲載しています。報告書(PDF)を開く
(別添2)研究会開催経緯
研究会の開催経緯は、報告書(PDF)の別添2に掲載しています。報告書(PDF)を開く
引用文献等
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