1.はじめに
日本の医療保険制度は時代の転換点にある― 国民皆保険から65年
出典:人口動態統計・人口推計・簡易生命表(2025年)、日本医師会「令和7年病院の緊急経営調査」(2025年)、厚生労働省「医療保険制度改正法が成立しました」ほか。詳細は報告書本文の引用文献を参照。
コロナ禍における自己管理の経験
OTC検査薬・研究用試薬による市中検査が普及。国民は受診せず健康状態を自己管理する経験を得た。
デジタルヘルス(SaMD)の進展
ニコチン依存症・高血圧・不眠障害の治療アプリが保険適用。ただし適用範囲は極めて限定的で、技術進歩と診療報酬評価のスピードが合わない。
給付と負担の議論・OTC類似薬
自民・維新連立の政権合意を契機に、2026年5月成立の健保法改正でOTC類似薬の薬剤費一部を保険給付外とする一部保険外療養を創設。政権の枠組みがどのようになろうとも、現役世代の保険料負担軽減を主張する政党が多く、給付範囲の見直し・縮小の議論は継続する見通し。
医療機関経営の悪化と効率化要請
医師の働き方改革・偏在に加え地方の患者減少で統廃合を含む効率的提供体制が必要。2025年12月改正医療法成立、新たな地域医療構想へ。
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2.現状と課題
「カタストロフィック型」保険への指向がうかがえる一方、主体的な健康づくりの基盤は未整備
1国民意識の変化と給付縮小への懸念
- 約5割は負担増を受容し給付維持を志向(令和4年意識調査)
- 一方、2025年参院選では保険料軽減を訴える政党が伸長
- 高額療養費見直しへの批判は「命に係わる病気で治療を躊躇する」懸念
- → 軽度医療は自己負担、重篤疾患で家計を守る「カタストロフィック型」を指向
2政府における予防医療の検討
- 副大臣等会議「攻めの予防医療」(2026年5月):保険者インセンティブ、健康経営、PHR活用ユースケース
- 骨太方針2026・日本成長戦略にも記載され、政府は予防医療に注力
3国民のヘルスリテラシーの低さ
- 欧州8・アジア6か国比較で日本が最下位(Nakayama et al., 2015)
- 家庭医の不足、信頼できる健康情報サイトの不足が要因
- かかりつけ医機能報告制度(2025年4月)に健康相談の役割の議論なし
- PHR連携・電子カルテ標準化は道半ば。QI(Quality Indicator)は全国共通9指標のみ
4「セルフマネジメント」推進制度の遅れ
- 医療費適正化計画:医療費適正化項目のみ達成、健康保持増進指標はすべて未達
- データヘルス計画:保険者だけに成果を期待する政策は限界
- 健康日本21:行政の「働きかけ」「単発事業」に留まり行動変容に至らず
- → 直接的な経済的メリットの欠如、「摂生より受診が楽」という国民意識、給付範囲の広さが根因
出典:令和4年社会保障に関する意識調査、副大臣等会議「攻めの予防医療」(2026年5月)、骨太方針2026、Nakayama et al.(2015)、日本医療機能評価機構、第3期医療費適正化計画実績評価。
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3.提言に当たっての基本的考え方
セーフティーネット機能の維持と現役世代の保険料負担軽減を両立する構造転換
提言の4つの前提
1健康格差・所得格差を放置せず、社会的弱者を切り捨てない
関連:健康教育の必要性、国民への情報発信の強化
2医療保険制度の中核を守るため、持続可能性を追求する
関連:OTC検査薬の推進、日本版自己管理型医療貯蓄口座(仮称)
3医療機関(病院・診療所)等の経営改善にも寄与する
関連:SDMの診療報酬評価、かかりつけ医機能の評価、セルフマネジメント拠点(仮称)
4時代の変化に応じて制度を変える必要性を示す
関連:PAMスコア、医療貯蓄口座への補助等インセンティブ、セルフマネジメント給付(仮称)、重症化予防等選定療養
目指す構造転換
公的医療保険本来のセーフティーネット機能(疾病罹患による家計崩壊の防止・防貧)を維持しつつ、国民が主体的に「セルフマネジメント」に取り組める環境整備とヘルスリテラシー向上へのエンパワーメントを図る。
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4.提言1
「セルフマネジメント」を推進する環境の整備― 受け身から主体的・参加型へ
基本的方向性
- 国民・患者
- 「受診する人」から「健康づくりの主体的な担い手」へ
- 医療者と患者
- 共に治療・予防の意思決定を行う体制へ
- 受療の起点
- 病気になってからの受療から、健康づくりを主体的に行うための健康教育へ
1SDM(協働意思決定)の推進とDA(デシジョンエイド)の整備
- 情報の非対称性と「納得感」の課題をSDMで解決
- 腎代替療法指導管理料に限られる診療報酬評価を拡充
- DA整備への財政支援
2医療従事者の役割変革と国民への健康教育
- 医療従事者(特に医師)へのSDM研修要件化
- 初等中等教育からの健康教育の制度化
- かかりつけ医機能の強化
3体外診断薬のOTC化等の環境整備
- OTC薬化に合わせ自己診断用検査薬のOTC化を推進
- 自己採血・検体郵送・針処理等の関連法規制の整備
4社会的基盤の整備とAI技術の活用
- 健康・治療情報を統合的に把握・活用できる環境
- 「セルフマネジメント拠点(仮称)」を基礎自治体・事業者単位で整備
- AIを健康相談に活用する社会実装に向けた法整備
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4.提言1-②・③
医療従事者の役割変革・健康教育と、体外診断薬のOTC化
2医療従事者の役割変革と国民への健康教育
- DAを整備しSDMを制度化しても、短期間で国民が自己決定できる環境は作れない(米国Healthy People 2030も「組織のヘルスリテラシー」を重視)
- SDMの報酬評価拡充の際、DAを用いた確実な履行要件と医療従事者の研修履行を要件化
- 一方的なSDMは真の「共有」ではない→ 国民全体のリテラシー向上が不可欠
- シンガポールのような幼少期からの教育を参考に、初等中等教育からの健康教育を制度化
- 身近な健康相談拠点としての「かかりつけ医」機能の強化
3「セルフマネジメント」を推進するための体外診断薬のOTC化等の環境整備
- 骨太方針2023等の閣議決定にも関わらず、2025年3月の薬事審議会部会は穿刺血検査薬のOTC化を「時期尚早」と結論
- HIVは「いきなりエイズ」が約30%。自己検査キットが未承認で「一人で・簡便に」のニーズに未対応
- OTC薬の適用がある疾患の検査薬は速やかにOTC化(コンパニオン診断薬と医薬品の同時申請と同じ発想)
- リテラシー・ガイドライン・販売体制の未整備は拒否の言い訳に過ぎない。関連法規制(自己採血・検体郵送・針処理)も併せて整備
補足:血糖自己測定器(SMBG)のOTC検査薬化― 段階的アプローチ
段階的ターゲット
医師の68%以上がOTC化を有用と回答。まず「糖尿病患者」「予備群」を基本ターゲットに
患者行動の課題
予備群の約4割が未受診、「どこに行けばよいかわからない」25.6%。薬局での受診勧奨後に受診は17.6%
環境整備
標準化ツール(説明資料・判定アルゴリズム・受診勧奨フロー)と、PHRを活用した医療機関連携をセルフマネジメント拠点で両輪整備
出典:薬事審議会医療機器・体外診断薬部会とりまとめ(2025年3月)、厚生労働科学研究「HIV検査体制の改善と効果的な受検勧奨のための研究」および「低侵襲性の穿刺血などの血液検体を用いた検査薬」調査研究、Healthy People 2030、骨太方針2023。
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4.提言1-④
「セルフマネジメント」を支援する社会的基盤の整備とAI技術の活用
OTC検査薬推進に必ず伴う「国民のリテラシーが低い」というパターナリズムに基づく指摘に対し、解決策を提示しなければ「セルフマネジメント」は実現できない。
1セルフマネジメント拠点(仮称)の整備
- OTC検査薬の結果も含め、いつでも健康相談できる拠点を基礎自治体・事業者単位で整備
- 担い手:医療機関、健康増進支援薬局、有資格の医療従事者がいる施設、分野別に実績のある当事者団体等
- 併せてOTC薬・OTC検査薬の販売規制を緩和し幅広く認める
2分かりやすい医療・健康情報の提供
- 国民・患者向けの国の情報サイトを整備
- 有用な民間サイトを国が認証する形で情報提供
- 既存事例:マギーズ東京、くらしの保健室、COML電話相談、MSD Manual、患者SNS(patients like me 等)
3生成AIの活用と法整備
- SaMDデータやOTC検査結果の解釈に生成AI等の活用を早急に検討
- 生成AIによる診断・健康管理を社会実装するための法規制の検討
- 解釈が常に正しいとは限らないため、「セルフマネジメント」として許容される範囲の目安を示す
「まずはやってみる」哲学への転換
医師か薬剤師か、医療機関か薬局かという既得権の争いではなく、国民・患者の「セルフマネジメント」実践の観点から不必要な規制を撤廃し、時間をかけることなく早急に結論を出す。
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5.提言2
保険給付範囲の縮小に備える― 「セルフマネジメント」を「未来への投資」へ
1セルフマネジメント給付(仮称)の創設と重症化予防に関する保険外併用療養費の拡充
- 2026年健保法改正(OTC類似薬一部保険外化・高額療養費見直し)、長期収載品差額負担の1/4→1/2化、財政審での高齢者3割負担議論→ 給付縮小の流れは継続
- 国民が自らの健康を意識する絶好の機会。保険給付範囲を抜本的に見直し、疾病予防に対する給付を創設
- 医療用アプリ・ウェアラブル・生成AIによる自己管理支援インフラを整備
- 療養の給付と新給付の間にある重症化予防は、選定療養の拡充など保険外併用療養費制度の柔軟運用で評価
2個人の健康づくりの体系的評価と、民間保険等によるセーフティーネット
- 保険者経由の働きかけは効果が期待できない(保険者努力支援制度の廃止も提言される状況)→ 個人の健康づくりに対する評価基準を創設
- 英国NHS等で医療費抑制実績のあるPAM(Patient Activation Measure)スコアを、SDM先行領域(CKD等)・先進保険者のモデル事業から段階的に導入
- レベル1・2(関心・自信がない層):専門職の伴走型支援/レベル3・4(自主管理層):医療貯蓄口座への公的補助増額等のインセンティブ
- 社会的弱者への慎重の上にも慎重な配慮を前提
日本版「自己管理型医療貯蓄口座(仮称)」― 米国HSA(Health Savings Account)を参考に
制度像
民間保険会社等で開設、個人が自由に積立・引出し、税制優遇。給付縮小・OTC薬/検査薬の価格高への備え
米国HSAの特徴
約4,000万口座。拠出は所得控除、運用益非課税、適格医療費への引出しも非課税(三重の税メリット)。雇用主拠出・健康プログラム報奨にも活用
評価基準との連動
健康づくり努力の評価に基づき、口座拠出への保険者等の補助を付与。国民が「実感できる」経済的インセンティブへ転換
民間保険との組合せ
民間医療保険は既往症・予防に弱く、貯蓄口座は残高蓄積に時間を要する→ 両者を組み合わせて自己負担増に備える
出典:財政制度等審議会財政制度分科会(2026年4月)、厚生労働省「医療保険制度改正法が成立しました」、Hibbard et al.(2005)、報告書図表13(米国HSAの概要)。
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6.おわりに
「セルフマネジメント」を軸とした構造転換で、持続可能な医療保険制度を次世代へ
提言1推進環境の整備
SDM/DA・健康教育・かかりつけ医・OTC検査薬・拠点・情報サイト・生成AI
提言2給付縮小への備え
セルフマネジメント給付(仮称)・選定療養拡充・PAMスコア・医療貯蓄口座(仮称)
目指す姿セーフティーネット機能の維持× 現役世代の保険料負担軽減
受け身→主体的、治療→予防への構造転換
結語
- 国民皆保険の実現から65年。少子高齢化の加速、医療機関の経営悪化、給付範囲見直しの本格化と、制度はまさに時代の転換点にある
- 提言の実現には、政府の制度的検討はもとより、保険者・医療関係者・産業界、そして国民・患者一人ひとりの主体的な参画が不可欠
- 健康格差・所得格差への配慮を大前提としつつ、時間をかけることなく検討に着手し、「まずはやってみる」姿勢で取組を進めることを期待
- 国民が自らの健康に主体的に向き合い、持続可能な医療保険制度を次世代に引き継ぐための議論の契機に
研究会の概要
- 座長
- 武藤正樹(衣笠病院グループ理事)
- 構成員
- 10名(医療・学術・行政OB・当事者団体・産業・保険・メディア)
- 開催
- 2026年2月〜8月 全4回
- 第1回2/6
- 目的と検討の方向性
- 第2回4/15
- SDM・DA、HIV関連OTC検査薬、OTC薬化
- 第3回6/15
- AIの活用、HSAの現状、提言内容の議論
- 第4回8/4
- とりまとめ
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